矯正治療は年単位の長期間の通院が必要です。そのため、さまざまな人生のイベントが矯正治療期間中に重複することもめずらしくありません。
今回は、初診相談時にもたびたび質問される「矯正治療中に妊娠した場合どうなるか(どうするか)」について説明します。
矯正治療中の妊娠出産は可能
矯正治療の期間中に妊娠出産されること自体は、珍しいことではありません。しかし、患者さんの状況にあわせて矯正治療を休止するなど、適切な対応が必要です。
妊娠の可能性がある場合に気をつけること
矯正検査時のレントゲン撮影
矯正治療を始める際の検査ではレントゲン撮影をします。パノラマレントゲンとセファログラムの撮影がされますが、とくに、横顔を世界共通規格の撮影でおこなうセファログラム(側貌規格X線写真)は、きちんとした矯正治療を行う際の必須項目になっています。
一方、比較的に被爆線量が多いのはパノラマレントゲンですが、それですら、1年間に自然に浴びる放射線量(自然放射線被爆量)の200分の1程度、海外旅行で被告気に搭乗した際に被爆する放射線量の20分の1程度と、非常に安全な放射線量のもので、妊娠期間中でもとくに危険のたかいものではありません。したがって、虫歯で歯が痛いなど、取り急ぎ歯科治療が必要な場合には必要に応じて最小限レントゲン撮影などを行うべきものとなります。矯正治療の場合、危険は非常に低く妊娠期間中に不可能ではないこととはいえ、比較的「不要不急」とも考えられますので、心配のない時期までの延期を検討すると良いと思います。
患者さんが不安に感じる場合にはもちろん、出産後などまで矯正治療の検査や開始を延期すると良いと思いますし、私の医院でも通常、妊娠の可能性を患者様から伺った際には患者さんとよく相談した上で心配のない時期まで延期するように配慮しています。
歯科治療で投薬する痛み止め、抗生剤、麻酔薬など
矯正治療で薬が必要になるのは、抜歯や歯科矯正用アンカースクリューの埋入の際に用いる局所麻酔薬、痛み止め、場合によっては抗生剤などです。使用する量としても少量で、安全な一般的な成分の薬が用いられるので、危険性としては非常に低いと考えて良く、その時期でも不可能なことではないと思います。
しかし、矯正治療はやはり、そのほかの歯科治療と比較して不要不急な側面がつよいとも考えられますので、心配事の多い時期に無理をせず、適切に延期して良いと思います。
矯正治療中に妊娠が判明したら
妊娠初期(0〜3ヶ月)
矯正治療の通院自体は、月1回を繰り返すのが普通なので、矯正歯科としては通常通り通院していただければと思います。
しかし妊娠初期はつわりがひどくなりやすい時期でもあるので、体調に合わせて当日の診療内容の変更や延期をした方が良いこともありますので、担当医にきちんと「妊娠初期でつわりがひどい」ということを伝えて処置をしてもらうのが良いでしょう。
矯正歯科も医療機関のひとつですから、きちんと伝えることで適切な対応を配慮してくれます。体調が悪く予約のキャンセルや変更などする場合にも「妊娠初期で体調が悪い」ということをお伝えになったほうが良いと思います。
妊娠中期(4~7ヶ月)
この時期になれば安定期になりますので、ある程度通常通り矯正処置をおこないながら、出産時の矯正治療一時休止に向け、様子をみながら治療を進める時期となります。
あるていど安定した状態で矯正治療をお休みにした方が良いので、あまり積極的なことはせず、患者さんと日程・時期の打ち合わせをしながら矯正治療を進める時期となります。
妊娠後期(8〜10ヶ月)
無理のない適切なタイミングで、いちど矯正治療をお休みにします。
一般的には、装着中のマルチブラケット装置は装着したまま、歯並びやかみあわせにあまり変化が起きない状態に処置をして矯正治療の休止にはいります。
出産の時期が前後する場合もあるので私たちの医院では、あまりギリギリまで矯正処置とせずあるていど余裕をもってお休みにはいるようにしています。
出産後の矯正治療の再開
出産後は、患者さんの都合の良い時期に矯正治療を再開します。
矯正治療の休止期間分+αで治療期間が長引くことにはなりますから、できるだけ早く治療再開としたいところではありますが無理は禁物です。
乳児をつれながらの歯科医院の受診は、治療を受ける患者さんも、処置をする衛生士や歯科医師の双方にとってそれなりに大変なことです。最近ではキッズスペースの設置されているクリニックも増えていますが、歯科医院のキッズスペースは専門の保育士さんなどが目を光らせているものではないので、保護者の注意もそれなり以上に必要なものと考えるべきでしょう。
そうするとある程度、子供を預ける段取りが可能となってから治療を再開される患者さんも多く、お近くに患者さんのお母様がお住まいなど、子供を預かってもられる環境が有利な患者さんの治療再開が早いように実感します。
矯正治療を円滑にすすめることも大切ですが、それ以上に大切なことというのもたくさん出てきますので、全体が無理なくきちんと生活できるように段取りを考えていただくことが大切になります。
妊娠期間中、そのほかの歯科的な注意事項
女性ホルモンの増加による口の中の変化
妊娠により女性ホルモンが増加するので、口の中の状況も変化します。一例としては、妊娠性歯肉炎など、歯肉炎・歯周炎が起きやすくなること、またこの時期の唾液の減少などにより、虫歯になりやすいなどのリスクが向上してしまいます。
つわりがひどいと、歯磨きするのも気持ち悪く感じられ、歯磨き自体もおざなりになりやすくなります。歯磨きが怠りがちになれば虫歯のリスクも向上してしましますので、そのような場合には小さめの歯ブラシを使うのが良いでしょう。
妊娠中期以降の予防歯科、歯科治療
この時期は比較的安定している時期なので、歯科治療も行いやすい時期です。しかしお腹がだんだん大きくなってくると歯科医院の椅子で横になるのがつらくなる場合もあり、またとくに間食が増えやすい時期でもあり、やはり基本は虫歯などつくらないように、きちんと歯磨きをする習慣が大切です。
親の口腔内環境は、うまれてきた赤ちゃんへの影響が大きく、母親の虫歯がひどいと子供の虫歯もひどくなりやすいことがわかっています。うまれてくる赤ちゃんの健康のためにも、しっかりとした歯磨き・予防歯科の習慣づけをしましょう。
矯正治療期間中に出産時期が重複した場合でも、計画的にきちんと治療をお休みすることで対応が可能です。妊娠初期〜中期〜後期から出産後まで、時期によって患者さんの苦労されるポイントが異なりますので、担当医としっかり相談しながらすすめましょう。
妊娠期間中にはさまざまな配慮すべきポイントがあり、結果的に苦労が増えてしまう場合もあります。患者さん自身の生活全体が無理のないバランスの良いものになるように計画しましょう。