矯正治療で抜歯が必要になるの主な事例
歯並びのデコボコが著しい
歯並びがデコボコになる主な理由は、歯が生える場所が足りないからです。
多少の不足であれば、歯列を側方に拡大したり、多少歯の側面を削ったり、奥歯を後方にずらすなどの方法でスペースを作りデコボコを解消することができます。
しかしある程度以上スペース不足の問題が著しい場合は、そのような方法だけではスペースを十分に作ることができず、前歯が著しく前方に傾斜することになり、結果的に横顔で口元が前方に突出するなど非抜歯で矯正治療することの弊害の方が大きくなってしまいます。
そのため矯正治療では、デコボコの程度だけで抜歯非抜歯の判断をせず、セファログラムという横顔のレントゲンの分析により前歯の生えている角度や、横顔のバランスなども考慮した上で診断をして判断をします。
出っ歯や受け口など、上下の噛み合わせがズレている
出っ歯の治療をおこなう場合一般的に、下顎の前歯の前方移動には限界があるため上顎前歯を後方に移動する治療を行います。
多少の出っ歯であれば、奥歯を後方に移動するなどの方法で対応できますが、ある程度以上大量に上顎前歯を後方に移動するためには小臼歯などを抜歯して、そのスペースを利用することが合理的になってきます。
一方、前歯が反対咬合で、下顎前歯を内側に傾斜させることで受け口を治療できる場合に、下顎前歯を内側に傾斜させるためのスペースとして抜歯が必要になる場合などもあります。
噛み合わせ上、上下歯列の歯数を合わせるため
患者さんによっては、歯の数が多かったり少なかったりする場合があります。
そのような場合に、最終的な噛み合わせを考慮して抜歯をすることがあります。
また、下顎だけデコボコが著しいような場合でも、下顎だけ小臼歯抜歯などをすると上顎の一番奥歯と噛み合う歯がなくなってしまいます。噛み合う相手のない歯は徐々にせり出してきて、最終的に噛み合わせの邪魔になってしまうことも多いため、下顎小臼歯の抜歯をする際に上顎小臼歯も抜歯をする必要が生じる場合なども多々あります。
もともと、全ての患者さんに抜歯が必要なわけではない
不正咬合の状態は患者さんごとにそれぞれ異なります。
そのため、そもそも抜歯が不必要な患者さんもかなりの割合でいらっしゃいます。
ただ、統計上は日本人は、6〜7割ほどの患者さんが歯列矯正の際に抜歯が必要な可能性があるとの数字もあるため、初診相談などの段階でいきなり抜歯か非抜歯かの判断をするようなことをせず、セファロ分析をはじめとする矯正治療用の検査と分析をきちんとおこなって判断していくことが大切です。
矯正医も抜歯が目的な訳ではない
矯正治療をする立場としても、抜歯をしたい訳ではありません。
抜歯をしてもしなくても同程度の治療ゴールが目指せるのであれば、抜歯をしない方が良いに決まっています。
ただ大抵の場合、抜歯する場合と非抜歯の場合とで目指すゴール(目指せるゴール)の姿が異なるので、抜歯の場合と非抜歯の場合のメリットを比較検討して、より結果や経過の望ましい矯正治療の方法を選択していきます。
そもそも日本人など黄色人種は白人などに比べて頭の奥行きが浅いため、口の中もちょうど歯1本分ぐらい狭く、その結果口の中の奥行きもちょうど歯一本ぐらい浅い(狭い)状態となっています。そのため欧米の矯正歯科と比較して日本人の矯正治療の抜歯率は遥かに高くなってしまうという状況となっています。
全ての患者さんを非抜歯で矯正できるかというと…
こうして矯正治療、歯列矯正における抜歯について整理をしてみると、やはり全ての患者さんを抜歯をせずに矯正治療をするということには無理があることがわかります。
ウエブサイトを調べると「非抜歯矯正」というキーワードを標榜している歯科医院を多数見かけます。なかには、セールストークとして非抜歯矯正を標榜している歯科医院もあるかとも思われますし、矯正治療の実際として、全ての患者さんを非抜歯で「理想的に」矯正治療はできないし、そういう意味ではないと感じられます。
歯列の拡大や奥歯の後方移動(臼歯の遠心移動)などにより実際に抜歯をしなくて済んだ患者さんもいらっしゃる一方で、それぞれの患者さんによって治療の限界は異なります。
ハマれば非常に効果的な非抜歯矯正ですが、一方で治療の限界を超えて無理に非抜歯を目指した矯正治療を行うと様々な弊害を生じるリスクが高まるのも事実ですので、将来の歯列咬合の状況を予測し治療の限界を見極めながら判断していくことが大切になるでしょう。
全ての患者さんが対象になるわけではありませんが、様々に工夫をすることによって無理なく抜歯を避けられるケースも多々ありますので、検査診断をしっかりと行うということに加え、治療途中の状況、治療経過もしっかりと踏まえながら治療を進めていくことが大切になります。
矯正歯科・矯正医としても可能なら抜歯を避けたいと考えており、現実的に抜歯をせずに済むかどうかということを十分に勘案した上で、どうしても非抜歯より抜歯の方が結果が良い、治療経過がスムーズと考えられる場合に限って抜歯の方針を提案しているということを患者さんには理解してほしいと思います。
歯列のスペースを増やすための主な方法
歯列の拡大
子供の矯正治療などでもよく行われる歯列の拡大ですが、歯の移動により歯列の拡大を行う「緩徐拡大」と、歯の生えている土台の骨(歯槽骨)自体を拡大する「急速拡大」の2種類があります。
前歯のデコボコの解消には比較的有効ですが、歯列全体のデコボコを解消できるかどうかは患者さんの状況により異なります。
また、出っ歯などの解消には歯列の拡大で生じたスペースは効果的ではありません。出っ歯を治したいなどという場合には、臼歯の遠心移動か、永久歯列期の歯列矯正で抜歯を併用するかなどの対応を検討する必要があります。
緩徐拡大(歯の移動による拡大)
歯の移動により歯列を拡大する方法です。
上下顎いずれの歯列でも拡大可能な方法です。
拡大床やクワッドヘリックスなども緩徐拡大の一種です。
根本的に歯の移動なので、どの程度拡大できるか(拡大量)は、歯の生えている土台の骨(歯槽骨)の範囲内に限定されます。
また拡大により奥歯の生え方が外開きになっていきますが、ある程度以上外開きが著しくなると噛み合わせに悪影響となる場合があります。
急速拡大(土台の骨を拡大)
歯の生えている土台の骨(歯槽骨)自体の幅を拡大する方法です。
緩徐拡大と比較して大量の拡大が可能ですが、解剖学的な都合により上顎しか急速拡大を行うことはできません。
従来の球速拡大装置では、基本的に口蓋骨の成長発育の終了前までの子供が適応年齢でしたが、最近はアンカースクリューを併用することで成でも拡大可能なケースも増えています。
一般的な急速拡大装置では、緩徐拡大と比較して短期に大量の拡大が狙えるものの、非常に強い側方力を歯を介して骨に伝える仕組みのため、拡大時の痛みや歯のうける負担も大きな拡大方法です。(成人に用いることの多いアンカースクリューを併用するタイプの急速拡大装置では、歯にかかる負担や痛みも比較的少ないようです。)
急速拡大は、大量の拡大が可能な拡大方法ではありますが、下顎には行うことができません。
急速拡大は上顎しかできないので過剰に拡大をしすぎると、下顎と噛めなくなるほど上顎歯列のみの幅が広くなってしまうので、デコボコを解消することだけでなく、顔貌骨格のバランスや、最終的な将来の歯並びと噛み合わせの状態を想定しながら治療方法を選択したり、治療を進めることが大切です。
奥歯の後方移動(臼歯の遠心移動)
様々な矯正装置をじっくりと使用することで、奥歯を後方に移動することも可能です。
下顎の大臼歯の遠心移動も不可能ではありませんが現実的にはわりと処置しづらいことが多く、基本的には上顎に行われることが多いように思います。デコボコに対する対応だけでなく、出っ歯の上顎前歯を下げるスペースを作るために行う場合もあります。
ただし、どこまで奥の方まで歯を移動できるかという限界もあり、無限に後方に移動ができるわけではないので、その点についても見極めも重要です。
とくに、前歯のデコボコが気になり始める小学校3〜4年生ごろに無理に大量の遠心移動を行うと、奥歯が後方に移動した結果、その後にさらに奥に出てくる大臼歯(第二大臼歯)が生えてくる場所が足りなくなり、奥歯の噛み合わせが変になって苦労する場合もあったりしますので、臼歯の遠心移動の場合も、将来の姿を想定しながらの見極めが大切ということは同様です。
※マウスピース矯正と非抜歯治療
インビザラインをはじめとする、マウスピース矯正(アライナー矯正)治療は、基本的には非抜歯での治療を得意とする矯正装置です。
抜歯症例の多い日本においては、抜歯が必要なケースでも様々な工夫をしてアライナー矯正で歯列矯正を行う試みはされていますが、ワイヤー矯正と比較して、どうしても抜歯症例を苦手とすること自体は現状否めません。
一方で、ブラケット装置などを装着しなくて済むマウスピース矯正の人気が高いこともあり、マウスピース矯正で可能な範囲≒非抜歯で可能な範囲での矯正治療とすることも増えているように思います。
矯正治療を歯科治療としてきちんととらえたときに、どのようなゴールを目指すべきかという議論がもっとなされていくべきであると同時に、歯科的により良い状態を矯正治療で実現できるように、抜歯非抜歯などの治療方針の選択、矯正装置自体の選択ということがなされるように理解が深まることを願っています。
要約
患者ごとに状況が異なり、非抜歯で対応できるケースもあるが全ての患者さんに非抜歯矯正が適応できるわけではありません。
多少の工夫や努力の結果、最終的に非抜歯の方針とできる場合などもあり、一方で無理に非抜歯とすることのリスクもあります。
歯科矯正治療の目的はより良い歯並びと噛み合わせを構築すること、必ずしも非抜歯や抜歯に限定することなく、より良い治療となるように治療の方針や矯正装置の選択は患者さんの状況や治療のゴールを踏まえて慎重に判断するべきと思われます。
非抜歯矯正という言葉が一人歩きをしている感がありますが、非抜歯が適切な方針の症例は非抜歯で治療をするということ、また多少の努力や工夫で適切に抜歯を避けられるケースについては非抜歯を目指していく、一方で抜歯が適切なケースには抜歯を併用して矯正治療をする、という意味では非抜歯矯正ということ自体特別なことではないように思われます。