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矯正装置 裏側・舌側矯正

インコグニト製造終了に思うこと

2025年1月10日、フルデジタル舌側矯正治療システムの先駆けであったインコグニトの製造終了が正式アナウンスされました。
デジタル技術(CAD/CAM)を用いて煩雑な舌側矯正治療をシステム化した先駆けとなるインコグニトが製造終了となることは、患者さんにはあまり関わりのない話なのですが、インコグニトの製造終了は矯正治療の進化と市場の変化を象徴しており、一つの時代の節目と感じましたので雑感を記しておこうと思います

インコグニトが矯正治療にもたらしたもの

日本では2006年ごろからサービスインされたインコグニトですが(現在でこそ一般的なデジタル矯正ですが)2006年当時にマルチブラケット装置をはじめてフルデジタルで実用化したということは大変画期的なことだったと思います。
舌側矯正(リンガル)はラビある矯正と比較して治療自体の難易度が高いだけでなく、処置をしづらい歯の裏側で細かな作業を強いられる矯正治療なので、舌側矯正の習得を希望する歯科医師は、通常の矯正治療に加え、さらに舌側矯正のトレーニングを要するものとなっています。
一方、矯正治療自体は大学病院矯正科での教育を主体としていましたが、その中で舌側矯正は開業医を中心に発達してきた背景があり、大学病院での勤務では舌側矯正を習得することができず、そのためには舌側矯正を習得する機会が極めて少なく、舌側矯正を行っているクリニックに数年間勤務するなどの必要がありました。
そういった背景の舌側矯正においてインコグニトは、舌側矯正治療の煩雑な部分をできるだけ単純化して一つの治療システムとして提供され、矯正専門の歯科医師などが舌側矯正治療に参入する敷居を下げ、結果として、難度の高い舌側矯正を広く患者さんに提供しやすいものとした、という点が矯正治療にもたらしたものであったと思われます。

2010年ごろの目立たない矯正装置の状況

インコグニトがサービスインした当時のインビザラインは、インビザライン自体も、またインビザラインを取り扱う矯正医も現在ほど習熟していなかった時代であったと思います。
その様な時代において、抜歯症例をはじめとする複雑な歯列矯正を行うにはマルチブラケット装置(ブラケットとアーチワイヤーを使用する歯列矯正)で行う必要性が高かったため、目立たず行うには裏側から矯正治療をするニーズが高かったという背景であったと思われます。

インコグニトが衰退した背景

現在では、世界的なアライナー矯正(マウスピース矯正)の人気により、舌側矯正自体のニーズは以前ほどではなくなったのではないかと思います。
少なくとも、非抜歯で治療される歯列矯正のかなりの割合がアライナー矯正で治療可能だということに加え、アライナー矯正自体のR&Dも進み改良が加えられ続けていることは少なからず舌側矯正自体のニーズの減少につながったことと思われます。
また、矯正治療の際に小臼歯抜歯の必要性が高いのはアジア圏(黄色人種)であり、欧米では非抜歯の割合が高いことや、インコグニトのブラケットに使用される金合金の材料費が高騰していることなど、グローバルにインコグニトのサービスを維持しづらい状況が継続していたことも要因です。

舌側矯正の必要性がなくなったわけではない

現時点では未だ、アライナー矯正(マウスピース矯正)は抜歯症例を克服できたとは言えません。
大半の抜歯ケースではマルチブラケット装置が必要とされており、またアライナー矯正がいくら発達したとしても、着脱タイプの矯正装置を毎日22時間装着するということが困難な患者さんも少なからず存在することを考えると、それを目立たず歯列矯正をしようと思えば舌側矯正という選択肢が必要です。

まとめ

今回インコグニトという舌側矯正治療システムがなくなることになりましたが、他にも様々な舌側矯正システムはありますので患者さんの選択肢がいきなり極端に狭くなるということではありませんし、それほど心配することはないと思います。
ただ、舌側矯正というのが患者さんにとっても矯正医にとってもより苦労の多いものであり、よりシステマティック・オートマティックで矯正医でなくても参入可能なアライナー矯正に世界的に流れていっていることは最近の潮流を表していると思います。
これまでの様々な経緯の中で、20年ほど前と比較して舌側矯正ということの敷居も下がりました。
一方でアライナー矯正もますます技術的な発展を遂げるものと思いますので、患者さんが不安に感じることはありませんが舌側矯正自体のニーズが高かった日本において、一時期相当活発にインコグニトでの舌側矯正治療がされていたそうですが、現在の潮流のなかで、円安の日本、ブラケットの材料に貴金属を使用するインコグニトでの採算が厳しくなりサービス終了となったということが最近の時勢に象徴的と感じられました。
数年前にも似たような出来事があり、供給が終了となった矯正材料・歯科材料が多々ありました。
我々が資本主義社会に暮らす以上、医療であっても使命感だけで長期間維持していくことは難しく、採算の取れないものは消滅していく、という厳しい現実を目の当たりにしたように感じます。

駄文になってしまいましたが、日本における舌側矯正の普及に大きな役割を果たしたインコグニトに敬意を込めて。

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